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無言館

8月14日のこと
上田市にある戦没画学生慰霊美術館「無言館」を訪ねた。
こぶっちょにとっては地元の美術館でもあり、以前から行ってみたいと思っていた。
丁度山の会で奥飛騨ロープウエイに行った際、夜の宴席での話題で無言館が話題となって、
上田出身のこぶっちょに盛んに話を振ってきたが「行ったことは無い」とは言えずに少々きまずかった。
以前から行ってみたいという願望はあったので、ちょうどこの盆の時期に行ってきた。
「無言館」は最近では亡くなった樹木希林さんが訪れていたことでも話題になっています。

以下は館主の窪島誠一郎氏の挨拶文を引用
「あなたをしらない」

遠い見知らぬ異国(くに)で死んだ画学生よ
私はあなたを知らない

知っているのはあなたが遺(のこ)したたった1枚の絵だ

あなたの絵は朱い血の色にそまっているが
それは人の身体を流れる血ではなく

あなたが別れた祖国のあのふるさとの夕やけ色
あなたの胸をそめている父や母の愛の色だ

どうか恨まないでほしい

どうか咽(な)かないでほしい

愚かな私たちがあなたがあれほど私たちに告げたかった言葉に
今ようやく五十年も経ってたどりついたことを

どうか許してほしい
五十年を生きた私たちだれもが
これまで一度として
あなたの絵のせつない叫びに耳を傾けなかったことを

遠い見知らぬ異国で死んだ画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのはあなたが遺したたった一枚の絵だ

その絵に刻まれたかけがえのないあなたの生命の時間だけだ


館内は撮影禁止となっています。
熱心な学生さん(かな?)は一枚一枚の絵に添えられている画学生の写真と絵に込められた画学生の想いをメモしいている様子が見受けられます。それとともにどこからかすすり泣く音も時折みみに入ります。

館内の様子はHPをご覧ください。
コンクリート打ちっぱなしの壁に絵が飾られていて照明は薄暗く落ち着いた雰囲気です。

HP→無言館



下の写真は館内で販売されている全作品が掲載されている本の表紙です。

無言館-1 


帯の裏側には次の言葉も書かれています。



 


あと五分、あと十分、この絵を描き続けていたい。


外では出征兵士を送る日の丸の小旗がふられていた。


生きて帰ってきたら必ずこの絵の続きを描くから・・・


安典はモデルをつとめてくれた恋人にそう言残して戦地に発った。


しかし案典は帰ってこられなかったーーー日高安典


無言館裏表紙 001-2



以上




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日記


ブログネタも少なくなりました。

松代城と宝物館を見たあとはお昼に。
近くのお蕎麦屋さんに入りました。
写真は軽めに盛ったもりそばと同じく軽めによそってあるむぎとろろ。
もちろん十分に満足いたしました。

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下のトマトはお城とはもちろん何の関係はありません。
お盆で家でのんびりしていると、ご近所さんから自宅でとれたトマトのおすそわけ。
こぶっちょの自宅付近は以前はトマトの産地でした。が、
トマトは連作には不向きのため徐々に生産農家が減って今は自家用トマトだけとなりました。
じっくりと熟すまでとらないことから写真のような真っ赤なトマトに。
スーパーなどに並んでいるものとは明らかに味が違います。
このトマトは帰名時にこぶっちょの持ち帰りとなり、トマト好きのこぶっちょとしては、すべておいしくいただきました。



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真田邸


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真田邸は、藩主の母の住居として、1863年から翌年にかけてつくられた御殿です。後には隠居した藩主の住居としてもつかわれました。城の外につくられた御殿として残っているものが少なく、母屋をはじめ、敷地内の多くの建物と庭園全体が残る貴重な文化財です。
明治4年(1871)以降は真田家の私邸として使われましたが、明治41年(1966)に松城町に譲渡されました。昭和56年(1981)4月、松代城と一体のものとして国の史跡として指定をうけました。江戸末期の庭園を有する御殿建築としては、全国的にも類例が少なく、貴重な建物となっています



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奥に見えている赤い部分は見学用通路で、奥側の部屋のあたりが庭園の一番よく見ることができる部屋です。


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庭の一部分


家紋
六文銭が有名ですが、ほかにも文様があるようです。


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奥の山並みを借景に取り込んだ見事な庭園。

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吹き抜ける風も涼やかで庭を見ながらごろっとしたら心地良くお昼寝ができそうですが、殿ではないので
無理無理。。。
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松代城

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8月16日 付近の温泉に行ったついでに、せっかく来たのでということで松代藩主真田家の居城松代城を訪れました。




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どこかで観たことのあるような場所。テレビや映画などで殿の入城シーンなどで良く使われる場所らしい。


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城跡といっても城は無く立派な石垣が残るのみ。



城跡の広場。桜の木があり春は良い場所でありましょう。。。


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今は松代城と言われてますが、はじまりは戦国時代に築城された海津城です。永禄3年1560年には築城されていたといいます。
戦国時代から江戸時代初頭までこの地を支配した武田信玄や上杉景勝などにとって、この城は北信濃を支配するうえで軍事的政治的に重要な拠点になっていた。元和8年1622年に真田信之が松代に移り以後御殿を築き松代藩の拠点とした。


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今は城跡は立派な石垣が残るのみ。
ですが、石垣は見応えがあります。


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わずかに残るお堀の水




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庭しかないので入場(入城)は無料です。
真田氏といえば上田城が有名ですが、松代と違い保存に力を入れてこなかったため、上田城は史跡というには
ちょっと残念であります。
(次回は真田氏の新御殿の様子へと続く予定です)

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新穂高ロープウエイ

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8月10日標高2,156m気温20℃の場所で少しだけ涼んだ。
新穂高ロープウエイ。
山のお仲間の計画はここから丸山方面へと向かい下山後は宴会して宿泊。
翌日にまた近くの山に登るというものだが、こぶっちょは当初から
ロープウエイと宴会のみ参加ということで写真の様子となった。
ロープウエイの展望台からは西穂高岳、笠が岳の眺望が好いようだが
やはり真夏で雲も多く来たアルプスのr眺望はきかなかった。
日差しはきつかったが、山に吹く風は涼やかで気持ちの良い時間だった。
空気の澄み渡る時期にまた行ってみたい。
翌日はこぶっちょはお盆を家族と過ごすため松本方面へ抜けて実家へと向かった。

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